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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1332号 判決

控訴人

日野自動車工業株式会社

右代表者

松方正信

右訴訟代理人

沢田喜道

外一名

被控訴人

西川洋一

右訴訟代理人

浜口武人

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事   実<省略>

理由

当裁判所の判断は、左に付加するほかは原判決理由の記載と同じであるから、これを引用する。

一般に労働者をその職種を定めて雇い入れたときは、労働契約上労働者の提供すべき労務の種類内容がこれにより特定されることになり、爾後の職種の変更は、当事者双方の明示もしくは黙示の合意によるべく、使用者がその一方的命令により労働者に対し他の職種への異動を命じ、異種の労務を要求することはできないものである。もつとも本件では、当審における<証拠>によれば、控訴人は被控訴人に対し形式上(労働者台帳上)は職種を変更せず、従来どおり作業員の身分にとどめたまま、人事課人事係へ配置転換しようとしたことが認められる。しかし、ここで問題なのは、労働者台帳等における事務上の取扱いいかんではなく、当該労働者が現実に提供を求められている労働の性質内容が何かであり、形式的には作業員の身分のままであつても、現実の労働が作業労働から事務労働に変るのであれば、実質上ここにいう職種の変更にほかならずこれを配置転換の名のもとに、当人の同意なくして強行し、配転後の事務労働を義務づけうるものとはとうてい解しえない。

<証拠略>養成工出身者で作業労働から事務労働へ配置転換を命じられ、これに応じて就労している事例もかなりあつて、本件被控訴人のようにこれを拒否した者は他にはないことが一応認められるけれども、これが職場慣行として規範性をもつに至つているとは未だ認めがない。なお、労働協約第五条には、組合員の異動、職種変更、その他通常の人事に関して組合が異議申立権を有することが規定されているところ、これは会社の行なう人事に対し組合が組合員のために後見的役割を果し会社の人事権を制約する目的で設けられているものであるが、この異議手続があるからといつて、各労働者(組合員)個人の個別的労働関係における権利義務が左右されるものではありえない。<証拠略>被控訴人は本件配転命令をうけて組合に対し、会社へ異議申立てをするよう申し入れたのに、組合はこれを認めず、かえつて被控訴人に新職場での就労を勧告していることが認められるが、組合が組合員に代つて職種変更を承諾できるわけではなく、右勧告にかかわらず被控訴人が配置転換を拒否したことを不当とはいえない。

つぎに控訴人は、被控訴人採用の時点においてすでに特別の事情のないかぎり会社の配転命令に従う旨の合意が成立しているとも主張するが、前認定の事情その他本件にあらわれた一切の資料を綜合しても、そのような合意を認定することはできない。

本件において控訴人が被控訴人に対し解雇を通告するに至つた理由が被控訴人の配転拒否にあることは、控訴人の主張自体から明らかであるところ、被控訴人の右拒否が何ら不当でないことは上述のとおりであつて、就業規則第三三条または第四六条所定の解雇事由のいずれにもあたらないのはもとより、ほかに何ら合理的理由もない。しかるに控訴人はさらにいわゆる解雇自由の法理をもつて本件解雇を理由づけようとする。期間の定めのない労働契約は、市民法原理に基づけば、各当事者がいつでも自由に(ただし労働基準法第一九条、第二〇条等の規制に従つて)これを解約できることとなるが、しかしこの原則を貫徹するときは当然に労働者の生存権、労働権と鋭く対立する結果となる。とくにわが国の労働関係は一般に終身雇傭を半ば当然の前提としている関係上、解雇は直接に労働者の生活をおびやかし、労働関係の安定を害すること顕著であり、これに対処するに労働者側の団結の力のみをもつてするのでは必ずしも十分とはいいがたい。労働関係が継続的法律関係として社会的に高度の安定性を要求されることにかんがみると、当事者の自由対等を前提とした市民法上の雇傭契約における解雇の自由は、労働法原理によつて規律される労働契約関係(従属労働関係)においては、解釈上おのずから原理的修正をうけ、解雇には合理的にみて首肯するに足る相当な理由の存在を必要とし、これのない解雇は許されないものと解してよいと思われる(もつともこのことは、解雇自由の原則自体は一応否定しないで、ただ理由のない解雇は解雇権の濫用として抑制する理論をとつても、実質的に大差はなく、立証責任の点は別として、結果的には殆んど同じ結論を導くことになろう)。

ともあれ本件では、控訴人の示した理由が不当であり、ほかに然るべき理由もないので、かかる恣意的な解雇は無効と解するほかはない。

よつて被控訴人の本件仮処分申請を認容した原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 藤井正雄)

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